宮沢賢治のオノマトペが好きだ。賢治の童話は「楽隊はブカブカどんどんやってゐます」「樺の木はもうすっかり恐くなってぷりぷりぷりぷりゆれました」など、独特な擬音・擬態語を使って情景を伝えてくる。
通常であれば「ブカブカ」は服や靴が大きすぎた時、「ぷりぷり」は海老の食感、または「ぷりぷり怒っている」様を表すのに使う言葉である。しかし、賢治の手にかかれば見慣れたオノマトペも新鮮な姿に大変身だ。オノマトペが隠し持っていたポテンシャルをぐっと引き出してくれる。オノマトペからしても、「あらまあ私にもこんな一面が?」とビックリすることだろう。
とはいえ、普段の生活ではあまり賢治のオノマトペを真似できるタイミングがない。例えば、マーチングバンド部の練習を見かけて「ブカブカどんどんやってるねえ」やら、大きなプレゼンを前に緊張している人に「ぷりぷりぷりぷり震えてますね」やら口に出してしまうと、デリカシーがない人と思われかねない。けれど賢治の童話の中では、それこそが真実のような、世界の本質を掴んでいるような気がして、うっとりと気持ち良くなってくるのだ。きっと大人の社会からはみ出してしまったイノセントな感性がオノマトペの中には保護されている。オノマトペを自由自在に操れるようになれば、窮屈な社会に風穴を開ける武器になるんじゃないか、そんな予感がした。
先日、ラーメンを食べに行った時のこと。スタンダードな中華そばを注文したが、麺がちょっと変わっていてこれまでにない食感だった。美味い、でもこの良い意味でジャンクで癖になる感じ、どこかで食べたことがある気がする……。そうだ、これはインスタントうどんの「どん兵衛」だ。「どん兵衛」の麺のリアル版というか上位互換というか何というか……。
こういう時につい開いてしまうのがTwitter(現X)だ。この麺について皆どう思っているんだろう。私の感想って合ってるんだろうかと自分の舌がいまいち信用ならないのである。店の名前で検索してみると、まさにこの麺を表すのにピッタリな言葉が出てきた。「ピロピロな麺」。平打ちで縮れていて、でもちゃんとコシはあって。まさに「ピロピロ麺」だと納得した。
「ピロピロ」と聞いて思い浮かぶのは、子どもの頃にピロピロ笛(正式名称は「吹き戻し笛」)をぴ〜と吹いた記憶とか、鼻の穴に鼻くそを付けて息をするたびにピロピロしていた様子とか、大体そんな感じだろうか。かつてはマイナーな状況でしか活躍していなかった「ピロピロ」に、こんな新しい使い道ができたのかと感激したのだった。
私が知らなかっただけで、ラーメンレビュー界は宮沢賢治に負けないくらい豊かなオノマトペで溢れていた。「ブリッブリの豚」「キラキラ鶏油」「ボキボキ麺」「ゴリゴリメンマ」「シャクシャク玉葱」。ラーメンの良さを伝えたいという純粋で熱い想いと、多くのラーメンファンがインターネット上で言葉を共有し、洗練させていった成果が伝わってくる。
中でもこれだ! と思ったのが「ニボニボ」という言葉だ。ちょうど先ほどの「ピロピロ麺」のラーメンに対して、「もうちょっとスープに煮干しのパンチが効いていたらなあ、惜しいなあ」ともやもやしていたところだったのである。オノマトペの括りに入れていいのか分からないが、「ニボニボ」を知ったおかげで私はラーメンに「ニボニボ感」を求めていたのだと、自分の感覚をしっかり認識することができた。私もインターネットで、「日和ってないで、もっとニボニボどんどんやっちゃってくださいよ!」と伝えたい。しかしすぐに、でも毎日食べても飽きがこないよう計算し尽くしたのが今の味なのかも、繊細なバランスをちゃんと感じ取れていないのかも、と気持ちがぷりぷりぷりぷり揺れ出したのだった。
酢胡椒とラー油醤油をおのおので
そういうぼくらの素敵な個性