中高生の頃、地元愛知では「キャッツカフェ」という店でバケツサイズのグラスに入ったパフェをシェアして食べるのが流行っていた。すごい量だったと盛り上がっているクラスメイトを遠目で眺めつつ、パフェとはキラキラした集団に与えられる強者のトロフィーであるというイメージが刷り込まれていった。
そんな固定観念をするりと解いてくれたのが、ファミリーレストラン・ロイヤルホストの「キャラメルナッツブリュレ」だ。キャラメルナッツブリュレは私に教えてくれた。パフェとは、多様な食感で口を楽しませてくれるエンターテインメントなのだと。パフェの語源はフランス語で「完全な」という意味だ。キャラメルナッツブリュレは完全なるエンターテイナー、ミスターパーフェクトだった。
キャラメルナッツブリュレにはたくさんのオノマトペが詰まっていた。一番の特徴が表面のキャラメルだ。スプーンを差し込んだ時の「パリッ」という薄氷を踏むような快感。「ザラッ」とした焼き目の下からは「とろん」としたカスタードが現れる。食べ進めるとバナナの「ねっちょり」した甘み、「ザクザク」のクッキーの嬉しさ、ピーカンナッツの「カリッ」、生クリームの「ほわん」。そして口の中が「モタモタ」してきた時に現れる「ひんやり」冷たい濃厚チョコレートアイスの「どっしり」とした安心感。甘いけれど量も多すぎず「さらり」と完食してしまう。
パフェほど一皿で情報量の多い食べ物はない。と思っていたのだが、先日凄まじい食べ物に出会ってしまった。南インド料理のミールスである。訪れたのはSがかねてより行きたがっていた八重洲地下街にあるエリックサウスという有名店で、各テーブルに「ミールスの楽しい食べ方」という説明書きがある。
説明によると、まずはパラパラなバスマティライスを平らに広げて、パパドという豆をすりつぶして作られたせんべいを割り、お好みでふりかけのようにかける。その上に豆カレーや、日本でいうお味噌汁的存在のサンバルをかけ、スプーンで「ぐちゃぐちゃ」と混ぜて食べるらしい。隣に座った常連らしき女性客は一切の迷いがなく、両手にスプーンとフォークを持って「ガチャガチャ」と大胆に混ぜながら食べていて格好よかった。
それだけではない。酸味の効いたラッサムスープ、ウプマというおからサラダに似た食べ物と、ヨーグルト。卓上に設置された辛い漬物ウールガイも取り放題だ。さらに我々が注文したセットは、選べるカレー2品とターメリックライス、ドーナツのような見た目のワダも付いている。目の前は銀色の皿がいっぱいで、お供え物をされる五穀豊穣の神の気分だ。
恐る恐るカレーを混ぜつつ口に運びながら、私の脳内も「ぐちゃぐちゃ」になっていた。脳内を再現するとこんな感じだ。〈……バスマティライス、虫みたいな見た目って思っちゃったけどカレーに合うなあ……虫みたいなんて思ってごめんよ、でも桜エビやしらすも虫っぽいよね、いかん、食べ物から虫の連想禁止……次はサンバルと混ぜてみるか……ん? 混ぜて美味しくなったのか? 取り放題のウールガイは……辛〜! ラッサムスープ……酸っぱ! 酸っぱすぎ!! 口直しにデザートのワダにいこう(もさもさ)、ドーナツかと思ったのにまったく甘くない(もさもさ)、全然飲み込めない! ヨーグルトに浸してみるか、ヨーグルトも酸っぱ〜!〉
店を出て「おいしかったけど、どっと疲れたな」と言うと、Sに「きっと情報量が多すぎて、処理しきれなかったんだろうね」と言われた。「ラッサムスープ、イ〜ッってなるような酸っぱさだったよね?」と聞くと「酸っぱいけど、カレーやライスと混ぜると美味しかったよ。ミールスにハマる人の気持ちが分かったよ。色々な組み合わせを試して自分で発見する楽しさがあるね。無限の味変の可能性がある」と目を輝かせていた。そんな高度な楽しみ方をしていたとは、隣で戸惑うばかりだった自分が恥ずかしくなる。つい先日まではお互い、でっかいナンをちぎってチキンカレーにべちょべちょ浸けていれば満足だったのに、すっかり置いて行かれた気分だ。
インドには賢くて数学が得意な人が多いと言われるが、たしかに幼い頃からこんなにも情報量が多いものを食べていたらそうなるのかもしれないと納得した。このカレーとこのカレーを足したらどんな味になるかとトライアンドエラーを繰り返すうちに、発想力や分析する癖が身に付きそうだ。同じ情報量が多い食べ物でも「キャラメルナッツブリュレ」が起承転結のあるエンターテインメント映画だとすると、「ミールス」はアート映画のように知性や感受性が必要なのだと思う。恐るべしミールス。どう楽しむかは、こちらに委ねられている。
ルーとライス混ざり合う波打ち際で
らっきょうみたいに寄り添いたいな