ゴールデンウィークがやってきた。Sと台湾か群馬に旅行、もしくはキャンプに行きたいと話していたのだけれど、持ち前の計画性のなさから飛行機もホテルもキャンプ場も予約できなかった。「まあゴールデンウィークはどこも混んでいるしお金がかかるからね、時期をずらして安くなってから行こう」と定型文を述べながらも、頭の隅ではきっと叶わないであろうことは分かっている。明らかに旅行やキャンプを実現させるだけの気力が足りていないのだ。群馬旅行はレベル10、キャンプはレベル20、台湾はレベル100ほどの気力が必要だと仮定して、私はレベル3くらいだ。Sと合わせても10には届かなかったということだ。
演劇を観るためにふらりと名古屋から東京に来たり、おいしい水を買うためにちょっと箱根に寄ったり、沖縄に行きつけの店があったりする友人の話を聞いていると、あまりのレベルの違いに愕然とする。そこまではいかなくとも、たまの連休に温泉や推し活に行く職場の人たちでも気力レベル30くらいはありそうである。
これではいけない。そう感じた私は、気力を削いでいるものの正体を探ることにした。寝る前に布団の中でぐるぐる考えていると、ぼんやりと元凶が浮かび上がって来た。日常生活の中で「見て見ぬふりされているものたち」、こいつらがジワジワと少量の毒を盛るように気力を奪っているのではないか? 途中で行かなくなってしまった歯医者、有効期限が迫っているのに使い方が分からない楽天ポイントなど、いろいろな「見て見ぬふりされているものたち」が存在する。中でも巨大な敵がベランダにいた。今まで視界をぼやかしながら洗濯物を干してきたが、日々確実にダメージをくらっていたのだ。そのことをSに話すと「実はずっと汚いと思っていた」とのこと。
ついにベランダを直視する時がきた。まず、我慢ならないのが床に落ちている大量の髪の毛だ。洗った服に付着していたのが落ちるのだと思う。Sに「ドラマのベランダのシーンでは決して映さないけど、現実のベランダの床ってこうだよね?」と聞くと「いや、乾燥機がある家は外に干さないから髪も落ちないんじゃない?」と言われ、なるほど乾燥機という発想がなかったと感心した。そしてここはアパートの1階ということもあり土埃や枯れ葉が飛んできやすく、水捌けが悪いので溝にはヘドロが溜まっている。これがもし排水溝に詰まると大問題になるので厄介なのだ。
ヘドロよ、まずはお前を倒して気力を取り戻さなければ。ボサボサの箒と先端がグラグラして安定しないブラシに風呂用スポンジ、家中の空きペットボトルをかき集める。計画性があればバケツやデッキブラシ、風呂の残り湯なども用意できたはずだが、レベル3なりに今あるもので戦うしかない。やってみて分かったことは、膝まくりにビーチサンダル姿で濡れても寒くないゴールデンウィークは、まさにベランダ掃除のための日だったということだ。蚊がいないのも素晴らしい。年末の大掃除のように、ゴールデンウィークにはベランダ掃除ともっと宣伝すべきである。
ビニール袋にゴミやヘドロを集め、何度も水を汲んでは往復し、ゴシゴシと汚れをブラシで擦る。正直ここまで本格的にやるとは思っていなかったのだが、Sの勢いに押されて網戸やアルミサッシまでみるみる綺麗になっていく。やりたくなかったはずの嫌な作業をすればするほど、不思議と気力レベルが上がっていくのを感じた。今だけは自分が真っ当な人間になれている気がする。そうか、皆こうして地味にレベル上げをしていたのか。ヘドロが消えてぴかぴかになったベランダは、こんな色をしていたんだという鮮やかなグレー色をしていた。私のゴールデンウィークがようやく輝き出した。
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飯は薬味があまりに多い