短歌のイベントで滋賀の彦根に行くことになり、研修旅行と称して信楽まで足を伸ばしてきた。信楽といえば、たぬきの置物である。たぬきの置物には土人形のモチーフとしていつもお世話になっているので、理解を深めて今後の創作に活かそうというわけだ。医者たぬき、野球たぬき、アマビエ風たぬき、ロボたぬきなど色々なたぬきの置物に会えたなかでも、一番印象に残ったのは帰りの電車のホームで見送ってくれたたぬきの置物の群れだった。
信楽駅のホームには、大小合わせて100体ほどのたぬきの置物がずらりと整列している。実はこのたぬきたち、平成3年に起きた信楽高原鐵道列車衝突事故が関係しているという。事故の後、閉鎖されて寂しくなった2番ホームに職員がたぬきの置物を置いたところ、それを知った人々が仲間のたぬきを持ってきてどんどん増えていったらしい。献花ならぬ、献たぬきのような意味合いなのかもしれない。たぬきの置物の笠には思わぬ災難を避け身を守るという意味、また目には大きな目で気を配り正しい物事を見るという意味がある。
大勢のたぬきたちが見送ってくれている姿を車窓から見ていると何だか切なさが込み上げてきて、「たぬき〜元気でね〜!」と手を降りたくなった。森や田んぼの中を単線で走り抜ける高原鐵道に乗っていると、ジブリの世界にいる気持ちになってくる。
それから近江鉄道に乗り換えると、目の前に水筒を下げた小学生の姉妹が乗り込んできた。ホームには見送りにきた祖母らしき人が運転手に話しかけているのが見える。「〇〇駅で降りるので、困っていたら助けてやってください」と言っているのだと想像した。姉妹の様子をちらりと見て頷く運転手も優しいが、2両しかないワンマン電車だからこそできることである。
背後で行われているそんなやり取りのことを知らない姉妹は、会話もなく行儀良く座っている。夏休みに田舎のおばあちゃんの家で、どんな一夏の冒険をしてきたのだろう。まさにジブリの世界の主人公は彼女たちで、私もエキストラとして出演しているみたいで嬉しくなった。
車内を見渡すと、ママチャリを持ち込んで手で支えながら座席に座っているおばちゃんがいた。平日の通勤時間帯以外は乗せてオーケーということらしく、東京では見ることができないレアな光景だ。東京では自分も含め、立っている人も座っている人も8割方スマホの画面を見てうつむいている。まわりを遮断してストレスを軽減することが第一なのだ。
ここではそんな必要はないらしい。ストレスがあるとすれば、久しぶりに持った紙の切符をなくさないようにすることくらいだ。車窓から見える夏の景色は、緑と青と白色の絵の具で塗りつぶしたよう。乗客たちは皆、美術館にいるかのようにじっと景色を見つめていた。
そんな中、一人だけ携帯の画面を見ている人間が私の隣にいた。Sである。Sはゲームアプリ『ドラゴンクエストウォーク』の愛好者で、「もじゃらきラクーン」というたぬき型のご当地モンスターに会うことを一番の目的に今回の滋賀研修に同行しているのだ。
「近江鉄道さいこ〜、ちょうどモンスターを全部タップ出来る速度なんだよね」と喜んでいる。楽しそうで何よりだ。ジブリの世界だろうとドラゴンクエストの世界だろうと、冒険は素晴らしい。
近江鉄道はガチャコンガチャコンとよく揺れるので通称「ガチャコン」または「ガチャ」と呼ばれているのだと後に知った。電車のオノマトペといえば「ガタンゴトン」が定番だが「ガチャコン」、何だかロボットみたいで可愛らしいあだ名だ。心地よい揺れだと感じていたけれど、確かに連結部分はガチャガチャ鳴っていた気がする。SNSで検索すると「震度6くらいありそう」「この揺れでコーヒーを飲むのは難しい」と言っている人もいた。もしかするとこの辺の人は近江鉄道の激しい揺れで一度は酔った経験があるので、静かに外の景色を見ているのが通常なのかもしれない。
いつだかのソフトクリームの
三角の紙がでてくる夏のポケット