パッとしない場所に行きたい、と無性に思うことがある。具体的にどんな場所かというと、例えば地方の寂れた動物園だ。パンダやライオンなんておらず、サル山と鳥舎とモルモットふれあいコーナーと恐竜のオブジェがあるような。B級スポットみたいなユニークさではなく主体的に「足りないを楽しむ」ことができる場所。
そもそも「パッとしない」という表現がしっくりきていない。「パッとしない」のもっとポジティブな言い換えって何だろう、平凡、イモっぽさ、資本主義に毒されていない、と考えた結果、滋味深い場所ということで「ジミジミスポット」と呼ぶことにした。
東京出身の知り合いに都内近郊の良さそうな場所を尋ねたところ、「板橋区立熱帯環境植物館」がまさに「ジミジミスポット」だという。さっそく次の休みに訪れると、隣接された温水プールの奥に公民館ふうの入口が見えた。周辺は特に椰子の木が立っていたり花壇や噴水があるわけでもない。そうか、植物「園」じゃなくて植物「館」だからこういう感じか。いいではないか、ジミジミの予感がしてきた。奥にはゴミ処理場の煙突がそびえ立っている。
入ってみると「足りないを楽しむ」どころか熱帯植物エリアにたどり着く手前のミニ水族館だけで1時間以上過ごしてしまった。水槽はそこまで大きくはないが、東南アジアの海をイメージした約150種2500匹ほどの生物を展示しているらしい。
1時間のうち30分を費やしてしまったのは大水槽にいたコクテンフグ・別名「ドッグフェイスパファー(いぬがおのふぐ)」だ。犬の顔よりも、神様がゴマフアザラシを作る際にうっかり手が滑ってしまってちんちくりんの出っ歯に仕上がったような姿をしている。
ひと目見て、生きづらそうだなと思った。赤、青、黄色、縞模様の熱帯魚たちがすいすいとスクランブル交差点のように行き交う中、フグだけはただただ翻弄されていた。小さな尾ビレを懸命に曲げて方向転換を試みてはいるが上手く泳げず、他の魚とぶつかるたびにビクッと驚いている。
その、どこに向かいたいのか意志が感じられない姿はまるで自分を見ているようだった。きっと配属先を間違えたのだ。熱帯魚たちに適応しようと頑張るな。ただ、お前の居場所はそこじゃなかったというだけ。何も悪くない。まずはスクランブル交差点から離れろ、と水槽越しに念を送った。
次に20分ほど滞在したのはトビハゼ水槽だ。魚が陸に上がろうと進化する途中でやめてしまったような見た目をしていて、コクテンフグが犬ならばトビハゼはマイペースな猫のような良さがある。よく見ていると2、3分に1回まばたきをし、10分に1回ゴロンと一瞬横になる動きが可愛くて目が離せない。
私が配属されるなら、絶対にトビハゼ水槽が良い。水が浅いところも深いところもあり、登れる岩場や枝もあって自由に移動できる。立体的に入り組んでいるので隠れて休憩できる場所も豊富。同じ水槽の仲間は、魚なのに水嫌いのヨダレカケや在宅にこだわるヤドカリなど、気が合いそうなジミジミメンバーである。
以前、ポッドキャストラジオの「水族館と動物園どっちがいい?」という話題で、水族館は薄暗いから平日の昼間に行ってキスをする穴場スポットだと言っていたのが印象に残っている。もしそんなイケイケの価値観の人とデートをしたら、フグに30分ハゼに20分の女は1日で振られることだろう。
思いのほか充実していた「板橋区立熱帯環境植物館」で特に「ジミジミ」を感じられたのは、手作り感のあるスタンプラリーと、文化祭の研究発表を思い出させる企画展の説明パネル、そして小さなお土産コーナーだ。隅の方で売られていた、おそらく職員の方が撮影したのではないかと思われる写真のポストカードは、このかわいい瞬間を切り取りたい! という魚への愛情が伝わってきた。イルカやラッコみたいなキャッチーな被写体がいなくても、写真に写るのは表現者のまなざしの美しさなのだ。慌ただしく土人形や短歌の制作に追われる中でこういう表現と出会うために、私は「ジミジミスポット」を求めていたのかもしれない。
僕たちはラッコみたいに手を繋ぐ
時代の波に流されないぞ

