日々のあわあわ | 寺井奈緒美

#10

ついつい

 Sと郵便局へ、できあがった土人形の荷物を出しに行き、数軒先にある蕎麦屋で「今週のおすすめ御膳」ランチを食べ、なんとなく向かいのローソンに寄る。すると「どらもっち 安納芋」なる和風スイーツがあり、ついつい買ってしまった。Sはというと「じゅわバタ塩メロンパンみたいなシュー」を買っていた。

 帰り道、「また余計な贅沢しちゃったね」「ついついね」「人生ついついばかり」と言いながら歩く。なぜか郵便局に荷物を出すと、ただ受付で送料を払っただけなのに達成感を得て余計な贅沢をしてしまうのだ。たしかに土人形を作って梱包していた数日前の自分は頑張っていた。しかし今日の午前中などは原稿を進めようと思ったものの一文字も書けず、毛布にくるまってSNSを眺めながらウトウト微睡まどろむという完全に無為な時間を過ごしていた。到底、褒美をもらえる姿ではない。

「今週のおすすめ御膳」は、きつねそばと小エビ野菜天丼に小鉢と漬物とミニデザートの付いたセットだった。十分すぎるほど贅沢だ。しかしミニデザートが杏仁豆腐かと思いきや、食べてみるといちごジャムを添えただけのヨーグルトだった。杏仁豆腐の期待をヨーグルトが超えられるはずがない。この心にあいた僅かな隙間についついっと入り込むのが、コンビニスイーツなのである。

「ついつい」は「たびたび」や「よくよく」と同じでオノマトペには分類されない言葉だが、オノマトペチックな柔らかい表現だと思う。なんの言い訳にもなっていないのに「ついつい」と言えば反省している風を醸し出せる、非常に人間臭い言葉だ。スマートフォンを指でスクロールする時の効果音にもオノマトとして「ツイツイ」が使われることがあり、用もないのについつい覗いてしまうSNSにぴったりである。

 巷では「ついついやっちゃうことが才能」という説が支持されているようだ。テレビドラマでもついつい人を巻き込んで振り回してしまう主人公に商売の才能があったり、ついつい細かい事にこだわって文句ばかり言ってしまう主人公が鋭い洞察力で難事件を解決したりするので、理解しやすい。ついついカサブタを取る、ついついパンをトースターで焦がす、ついつい熱々の麺を啜って上顎を火傷する、くらいしか「ついついやっちゃうこと」が思い浮かばない私にも、何か才能が隠れているのだろうか。

 また「自己肯定感を上げるのは簡単。自分との約束を守れば守るほど、自分への信頼が増します」なんて言説も目にしたことがあるが、わかっちゃいるけどやめられない「ついついっ子」の自己肯定感はボコボコである。昨年の健康診断で腹囲を測られて値がアレだったため「最近変化ありましたか?」と聞かれたことは忘れていない。次回は配慮しなくていいので、いっそのこと「この浮き輪肉どうやって蓄えたんですか?」と聞いてほしい。

 心当たりなら大いにある。私はオノマトペの入った商品にめっぽう弱いのだ。今回も「安納芋あんどら焼き」だったらギリギリ耐えられたが「どらもっち」の愛らしい響きがいけなかった。Sもまんまと「じゅわバタ」にやられたらしい。もしも「バターだいしゅき♡メロンパンでしゅー」だったら勝てただろう。

 オノマトペスイーツ界の大ボスがローソンにいる。「もちぷよ」だ。「もちもち」「ぷよぷよ」みんな大好きオノマトペのキメラモンスター。その正体は大福とシュークリームの中間のような生地にミルククリームがたっぷり入っている洋生菓子だ。食後でもぺろっといけちゃう小ぶりなサイズと105円という手頃な価格設定。ついついっ子の心理をよく分かっている策士だ。そしてこれまでで最もボコボコにやられてきたのが「チョコバッキー」である。シャトレーゼというメーカーの棒アイスで、さっぱりしたバニラに混じった荒々しいチョコの塊がたまらない。6本入りなので買ったら最後、毎日食べてしまう。

「もちぷよ」「バッキー」「どらもっち」「じゅわバタ」。あどけない振りをしているが手強いオノマトペスイーツ四天王だ。オノマトペがこうも人の心を操るとは恐ろしい。けれど使いようによってはこちらの武器にもなるのではないか? 蕎麦屋のミニデザートのヨーグルトも「もっちリッチヨーグルト〜完熟じゅわベリー添え」と書かれていたら、実際より2〜3倍は濃厚だと感じていた可能性が高い。満足して、心に隙が生じることもなかったと思う。

 ちなみに「どらもっち 安納芋」は老舗和菓子店で売っていそうな上品さでたいへん美味しかった。販売終了とならないうちにもう一度は食べておこうと自分と約束したのだった。

*ウェブ連載「日々のあわあわ」は今回が最終回です。
2025年12月、10回分の連載+書き下ろし35本、
あわあわ短歌も大増量して賑やかに書籍化いたします!
その節は、お手に取ってクスクスしていただければ幸いです。(リトルモア編集部)

 

 

だれよりも多く毛布にくるまって
しあわせになる冬の目標

2025年09月10日