「症例X」について
監督:吉田光希
「症例X」は自主制作として撮った五本目の映画です。
それまでの映画制作においては、自分がより理想とする画面を求め、演技者の動きを限定し、演者を置物のように扱ってしまうような制作者主体の観念があったことを否定しきれません。
自分が想像したエピソードを再現することばかりが先立っていたように思います。
しかし、次第にそのようにして作られた映画が観客のこころに深く根ざすことが出来るのかということに疑問を感じるようになっていきました。
同時に、自分の頭に浮かんだ想像だけに映画が留まってしまうことにもつまらなさを感じていたのです。
「症例X」では演技者自身の即興性、身体感覚をより大切にしたいと思い、ト書きとセリフには重点を置かない、動きを限定しない脚本を執筆しました。
そこには、場所、行動に加え、映像としては表現出来ないような、そのシーンでの登場人物の心情、「こうするかもしれない」という推測や、そこに人物が至った過程などが書き込まれています。
脚本と呼ぶには簡潔すぎるかもしれませんが、演技者がそれを受け取り、その場所で感じ取ったことを、シーンごとにディスカッションを繰り返しながら作り上げていくことで、そこには予想もしなかった行動や、セリフが生まれ、そこでは制作者と出演者のより深い、作品の共有が出来るのではないかと考えました。決まったカットを再現しモンタージュしていく映画とは違う、目に見えない「こころ」のある映画を作りたいと思いました。
映画を作るとき、いつでも自分と誰かのあいだにあるものを見ようとしています。
介護の映画を作りたいということよりも先に、「親子の関係を描きたい」という思いがありました。
最も身近に存在している「親」という存在と自分のあいだにあるものを見つめてみようというところから「症例X」は出発しています。
今は「子」であるけども、十年後は親になっているかもしれない、二十年後は介護する側かもしれない、五十年後は介護される側かもしれない、この関係を描くことは、これから先の自分を想像することでもあり、きっと誰の映画にもなれるだろうと信じて作った作品です。
吉田光希(よしだ・こうき)
1980年東京都生まれ。東京造形大学在学中より塚本晋也監督作品を中心に映画製作現場に参加し、美術助手、照明助手、助監督などを経験。大学卒業後は、製作プロダクションにてCMやPVを制作する傍ら、自主製作映画を手掛け、4作目の作品である本作がPFFアワード2008にて審査員特別賞を受賞。第20回PFFスカラシップの権利を獲得し、2010年に『家族X』を監督した。
出演者
有島謙一役――坂本匡在(さかもと・まさあり)
1976年、大分県出身。映画出演作に河崎実監督作『兜王ビートル』(05)『コアラ課長』(06)などがある。吉田監督の『家族X』にも出演している。「仮面ライダーディケイド」「仮面ライダーオーズ」などテレビドラマのほか、CM、舞台への出演も多い。
“骨太な台本に、感覚的にピンときて、出演を決めました。宮重さんとお会いしてみると、お互いを感じあえた気がしました。謙一は、母親に与えて貰った愛情が根にありながらも、腹立たしく、悲しく、ただ目の前の現実を受け入れる日々を送っていますが、彼は僕自身だったのかもしれません。実際に親の認知症や、介護を経験されている方は、もっと痛切な思いで生きているのかもしれませんが、この問題や、介護するもの、されるものの思いを知るきっかけになれば良いのではないかと思います。”
有島敏江役――宮重キヨ子(みやしげ・きよこ)
1940年、京都府出身。映画出演作に塚本晋也監督作『悪夢探偵』(07)、 伊藤俊也監督作『ロストクライム 閃光』(10)、波多野貴文監督作『SP 野望編』(10)などがある。「渡る世間は鬼ばかり」「家政婦は見た」「ガリレオ」「花ざかりの君たちへ」など、テレビドラマのほか、舞台への出演も多い。
“きっと敏江は、謙一を“誰かいる”くらいにしか思えていないんでしょうね。それでも昔を思い出して、おにぎり作ったり、自分の煙草を買ってくれる誰かのために煙草を買ったり……。認知症になればこんなかなと思って演じたので、逆に実生活では、ボケないようにって決意しました。わたしはまだ家事や、カラオケ、ダンスなんかしてて変化がありますけど、敏江はなかったんでしょうね。謙一も帰れば「疲れた、飯、風呂」だけで、行くとこもなくて、ある日突然ボケちゃったんじゃないでしょうか。世の中の男性も、あんまりお母さん、ほっといちゃいけませんね。”