欠片かけらを探して
―――  日本映画の陋巷ろうこう

荻野洋一
Ogino Yoichi

岬にて、私は幽霊と歩いた

現像されないフィルム

 『椰子の高さ』は霊を霊的に捉えた稀有な映画だと言える。作者はなぜこれを作ったのか。観客に自由解釈を預け、「やり逃げ」のような形で委ねて頬かぶりすることなく、そこには峻烈な意志が働いているように思える。筆者はこの映画の作者に取材したわけではないから、無手勝流にその意志の遂行ぶりを享受し、解剖していけたらと思う。

 あらかじめ断らなければならないのは、この映画が自殺をメインテーマにしていることである。ただし事務的なトリガー・ウォーニング(注:trigger warning =心理的負担やトラウマを呼び起こす可能性のある表現を事前に通告すること)で処理するのではなく、タイトルあけに現代美術作家・千賀ちが健史けんじが実際の自殺を題材とする展示作品『THE SUICIDE BOOM』を自作解説するトークイベントが再現され、それをもってテーマの導入としている。自殺について思考し、語ることを禁忌事項に押し込めてよしとすることなく、アラートの代わりに千賀のトークイベントを代置することで、観客をこの作品の世界へと無茶ではない形でいざなっている。

  「すみません。これ、もらってもらえませんか?」

  「え、何ですか?」

  「僕の彼女が自殺する前に撮ったもので」

  「未現像のフィルムですか?」

  「はい」

  「なんで現像していないんですか?」

  「彼女が、“現像するかしないかは重要じゃない”って」

  「…僕もそう思います。すみません」

  「ありがとうございます。僕も…もしかしたら永遠に現像しない方がいいかもしれません」

 自殺した恋人が撮影した未現像フィルムを、イベント会場の外で千賀健史に委ねようと近づいた男は、この映画の主人公のひとり・持田(田中爽一郎)。彼の現れ方は主人公でありながらきわめて断片的である。恋人・りん(小島梨里杏りりあ)と一緒に過ごす幸福な回想イメージと、凛の自殺に直面したあとの孤独に耐える現在時制のイメージがシャッフルされ、無時間の中を彷徨するその茫然としたありようは、むしろ凛以上に幽霊に見える。持田が記憶する「現像するかしないかは重要じゃない」という凛の言葉は、それを発する実際の場面がのちに回想される。ふたりのアルバイト先近くの湘南の浜辺で沈みゆく陽光のもと、凛は口ごもりがちに語る。

  「一回撮っちゃえば、残るから。現像しないとか、するとか、見たくないとか、そういうんじゃなくて、その…魂?…痕跡は消えないから」

 彼女にとって可視性が像を結ぶことは絶対要件ではなく、シャッターを切るという無償の行為を反復することで、世界がかろうじて繋ぎ止められている。そうとでもしないと、世界のモノというモノが剥落し、それらが「在った」という痕跡すらも掻き消えてしまいそうなのだ。凛の自殺理由を尋ねられた持田は、「俺が原因なのかもしれないし、俺の親父が原因なのかもしれない」と告白し、幼少期の凛が被った(おそらく持田の父親から受けた性被害による)トラウマを示唆する。しかし、それが死の直接的な理由かどうかは不確かなままである。

 存命中の回想としてのみ登場する凛は、死者でありながら実質的なヒロインであり、映画の中でヒロインとして振る舞っているペットショップ店員・菅元すがもと(大場みなみ)は、むしろ説話上の役割としては観客を霊的な磁場へ連れ出す旅人として、つまり狂言回しとして現れている。能楽に喩えるなら、凛との宿縁の囚われ人である持田がシテ、四国南端の足摺岬を一人旅しながら、持田と出会って彼の回想を受け止める菅元がワキとなる。

杜杰による新カメラ=万年筆論

 この映画の監督は中国人の杜杰ドゥ・ジエであり、彼の名は寧浩ニン・ハオ監督『モンゴリアン・ピンポン』(2005)や『無人区』(2013)、メガヒットシリーズ『唐人街探偵』(2015〜25)の撮影監督として広く知られている。同シリーズ第3作『唐人街探偵 東京MISSION』(2021)のロケーションと相前後して、より多くの創作的自由を求めて中国から日本に移住したのだという。1976年生まれ、2001年に北京電影学院撮影学科を卒業。2024年にはアメリカ撮影監督協会(ASC)にも加盟している。

 監督としての長編第1作となったこの『椰子の高さ』では脚本、撮影、美術、編集も手がけ、卓越したフレーミングをはじめとして才気がみなぎるいっぽう、異邦人の視線で日本の風景と日本人の死生観を凝視してもいる。たとえば菅元を日本在住の中国人女性に設定すれば、いっそう杜杰の立脚点が明確になったはずだが、そこまで明確化せずに、婚約者・青木(渋谷盛太)から別れを切り出されたあげくの傷心旅行というニュートラルな設定に留めたのも頷ける。

 自殺したとおぼしき帽子男の幽霊が生前に波打ち際で落としたという結婚指輪が、鯛のはらわたから出てきて、それを見つけた料理人が菅元を振った青木その人である。青木から指輪をもらった菅元は、ハネムーンで行くはずだった四国旅行をキャンセルせずに一人で出かけ、指輪を足摺あしずり岬の「地獄の穴」に放り入れる。指輪の流浪によって人知れず結ばれた奇縁が、岬の先で終着する。じつを言うとここはまた、凛が自殺した現場でもあった。

 映画の前半では、菅元+青木、凛+持田の両カップルはパラレルに描かれ、時間を串刺しにした二重化デュプレックスがほどこされていく。四国旅行を拒んだ青木以外の3名はそれぞれ別時制に足摺岬に向かったはずだが、土佐くろしお鉄道に乗車する菅元、凛、持田の旅姿はまるで同一人物のようなフレームサイズで座席に収まっている。岬の旅館の前に生えた2本の椰子の木を見上げる姿もまた、重複したフレーミングのもとに収まる。こうなるともはや、すでにこの世の人ではない凛、そして持田、菅元の3者の差異は曖昧なものとなる。数百年間にわたって生と死の〈あわい〉を飽くことなく反復させてきた能楽の構造を、中国人が現代日本で写生しながら、一片のインディペンデント・フィルムへと転写した格好である。

 転写=トレース。『椰子の高さ』の格別さは、このトレースが登場人物間の〈あわい〉においてばかりでなく、撮影法・編集法においても実践されたことにある。中国の書画には〈臨摹りんも〉という伝統的な習得法がある。〈りん〉とは法帖や原画を横に置き、イメージを模写することであり、いっぽう〈〉は手本の上に薄紙を重ね、透けて見える手本の線をなぞるように習得していくこと。この二法を交互に実践することによって、学習者は線描、筆さばき、フォルム、さらには先人の精神性や気韻までをも自分のものにしていく。

 『椰子の高さ』とは、日本に移住した杜杰の心境も淡彩で垂らし込みながら実践された、彼なりの〈カメラ=万年筆論〉なのだろうと思う。「いつか、幽霊になった彼女(=凛)に会えるかもしれないと思って」足摺岬に移住したと打ち明ける持田のセリフを、旅先で出会った菅元が受け止める。彼女は「会えた?」と聞き返すが、この問答は能楽におけるシテとワキのやり取りそのものと言ってよく、また、彼らが生の時間の中で実践する〈摹〉の行為でもある。

 フランスの映画作家・理論家アレクサンドル・アストリュックは、作家が文章でみずからの思想を直接書くのと同じように、映画を万年筆に見立てて、みずからの考えを刻みつけることができると宣言した。ただし、手が線を知っていなければ、筆は勝手に線を生んだりしない。ここからフランス・ヌーヴェルヴァーグの悪戦苦闘が始まった。

 杜杰はみずからの出自たる中国伝来の〈摹〉というトレース実践をつうじて、空間と時間を串刺しにし、生と死の〈あわい〉を相互浸透させ、緩慢なる亡命者としての自分をフィルムに焼き付けた。と、その上で凛が言うように、「現像しないとか、するとか、見たくないとか、そういうんじゃなくて、その…魂?…痕跡は消えない」と未現像フィルムをどこかへ放置する。海から回収されたメッセージボトルのように、「地獄の穴」に放擲された指輪のように、未現像フィルムはどこかへ漂着し、誰かがそれを受け取るだろう。撮ってしまいさえすれば、それは〈在るものは在る〉のである。

 凛を演じた小島梨里杏を、筆者は最大級に賛辞したいと思う。ありとあらゆる場所と事物にレンズを向け、シャッターを切る彼女のまなざしは、つねに虚空に向けられている。バイト先のビーチカフェに迷い込んできた子猫にカメラを向ける凛の表情は、すでにこの世のものではない。なにゆえ、小島梨里杏という俳優はこんな表情を作れたのだろうか。この表情は足摺岬の崖上における自殺直前とおぼしきシーンで反復される。なぜか岬でも猫の声が聞こえてきた。凛は答える。「はなちゃん、またね」。猫の名は、はなちゃんであることをここで初めて知った。

『椰子の高さ』

監督・脚本・撮影・美術・編集: 杜 杰
出演:大場みなみ 田中爽一郎 小島梨里杏 渋谷盛太
配給・宣伝:ギークピクチュアズ
99分 /2.00:1 /デジタル/2024
ⒸD·UNION FILM INC. 2024
2月6日(金)アップリンク吉祥寺ほか 全国順次公開

今月のThe Best

味噌汁イタリアーナ

 

イタリアンな味噌汁ズッパ・ディ・ミゾを創作中である。いろいろと訳あって。

睡眠から目覚めて洗濯しながら、朝食を作る。以前はサラダ、ベーコンエッグ、トーストの3点セットだった。ところが加齢のせいか、だんだんパンを毎日食べる習慣に重さを感じ始めてしまって、パンを抜いてみたら、胃腸が楽になった。そこで朝食のベースをサラダ、味噌汁、納豆ごはんに切り替えたが、徐々にごはんも不要となり、サラダと具沢山の味噌汁だけで満腹になるようになったのが約10年前。ダイエットしたわけでもないのに体重増も止まった。

さまざまな「だし」を試して遊ぶ。前夜に頭をちぎった煮干しをボウルに入れて水に漬け、冷蔵庫にしまっておく。または昆布。かつお節。またはそれらの合わせ技の日もある。しかし余裕がなくて既製品粉末の「ほんだし」に頼る日も増えてきた。でも味にかどがあるんですよね。「ほんだし」を完全に廃止することはできないけれども、量は減らしたい。

そこで「ソッフリット(Soffritto)」を思い出した。イタリア料理のベースとなる香味野菜のだし。あれを簡略化し、玉ねぎ1/4個を細く刻んで、オリーブ油と少しの塩で炒めてスュエ(suer =汗をかかせる)する。そこに水、具、ごく少量の「ほんだし」を入れて味噌汁を作る(「ほんだし」不使用も可)。今の私が毎日飲んでいるのは、この自称「味噌汁ズッパ・ディ・ミゾイタリアーナ」。冬だからまだ試していないが、暖かくなってきたら夏野菜を利用して「ラタトゥイユ味噌汁」も開発するつもりである。ズッキーニ、なす、パプリカ、プチトマトなどをオリーブ油で炒めてから味噌汁の具にするのである。

そんな話をある人にしたら、「そもそも玉ねぎの味噌汁は好きじゃない。変なえぐい甘ったるさが嫌なんだよね」という感想が返ってきた。でも心配無用なのは、スュエした玉ねぎなんてものは具としての存在感が消失し、おとなしく「だし」に変容してくれることだ。2025年7月の「今月のThe Best」で私の創作味噌汁「猪八戒ちょはっかい沙悟浄さごじょう」のことを書いたことがあるから、ここまで読んでくださった読者諸賢は「ああ、また荻野さんらしいや」と微苦笑してくださるだろう。