欠片かけらを探して
―――  日本映画の陋巷ろうこう

荻野洋一
Ogino Yoichi

不逞に生き、不逞に死ぬ

大いなる拒絶

 俳優という存在の不服従の顔、そして声。浜野佐知監督の新作『金子文子 何が私をこうさせたか』の強度は、菜葉菜なはなという俳優の稀有な、力強い在り方に支えられている。同作を見ることは菜葉菜を見ること、彼女の声=言葉を聴くことに等しい。これに集中しているという点で、作品じたいもまた稀有なものたり得ている。そして金子文子の予審口述、著作、短歌をつうじてリバタリアン・フェミニズムの萌芽を読み取ることができる。この萌芽については後述したい。

 金子文子(1903-1926)と彼女の内縁の夫・朴烈パク・ヨル(1902-1974/日本ではもっぱら [ぼく・れつ] と呼ばれた)が、時の皇太子(のちの昭和天皇)を爆弾で暗殺しようと企てた罪で死刑を宣告され、すぐに大正天皇の恩赦によって無期懲役に減刑された一連の事件は、すでに韓国で『金子文子と朴烈パクヨル』(2017/イ・ジュニク監督)として映画化され、同作は大鐘テジョン賞で、金子文子を演じたチェ・ヒソが主演女優賞と新人女優賞、さらに監督賞、衣裳賞、美術賞と計5冠も受賞した。それでも浜野佐知が間隙をおかずに同じ題材で伝記映画の製作に踏み切ったということは、『金子文子と朴烈』では足りないものを直観し、自作の存在価値を確信したからにちがいあるまい。

 金子文子は韓国において「良心的日本人」として崇められ、『金子文子と朴烈パクヨル』公開の翌年となる2018年には、ついに「大韓民国建国勲章」を追叙された。カップルが民族英雄として躍動する同作は、男性監督イ・ジュニクの得意なジャンルである史実映画に列せられる一本として名を残す。つまり、史上最悪の暴君として知られる朝鮮第10代国王・燕山君ヨンサングンを描く『王の男』(2005)や、逆に名君の誉れ高い第21代国王・英祖ヨンジョを描く『王の運命 歴史を変えた八日間』(2015)、離島への流刑に処せられた実学者・丁若銓チョン・ヤクジョンと漁師の身分差を超えた交流を描く『茲山魚譜チャサンオボ』(2021)といった、朝鮮史上の著名実在者をダイナミックに活写することに長けたイ・ジュニクのカタログに、金子文子と朴烈も収ったことになる。

 少女時代を忠清北道チュンチョンブクド芙江プガンで過ごした金子文子は16歳の時に「三・一運動」を目撃して以来、朝鮮民衆の怒りにシンパシーを抱いてはきたが、彼女が朴烈とともに邁進したのはもっぱら無政府主義アナーキズム虚無主義ニヒリズムであって、朝鮮の独立運動ではない。浜野監督版ではその前提が映画の前半、金子文子と朴烈の出会い当時のシーンで明確化されている。足かけ4年におよぶ受刑生活で金子の虚無主義がどのような変容を遂げたのか、ここで問われ続ける。

金子文子(菜葉菜)と予審判事・立松懐清かいせい(三浦誠己)の質疑応答シーン――

立松「どうして虚無主義に?」

金子「社会主義、無政府主義と辿ってきましたが、いずれも飽き足らず、虚無主義に行き着きました」

立松「朴烈ぼく・れつの主義思想は?」

金子「あたしと同じ虚無主義です」

立松「被告人の、いわゆる虚無主義とは、どういう思想か?」

金子「一口に言えば、生物の絶滅運動です。親の愛という美名のもとに、あたしを踏みにじった親の権力。博愛の名に隠れて、あたしを虐げた国家社会の権力。あたしはこの権力がたまらなく癪に障ります。あたしはすべての権力を否認し、反逆して、自分はもとより、人類の絶滅を期して運動をやってきました」

 金子のこの思想が獄中での思索をつうじて、どのような進展を見せていくのかは、じっさいの映画を見ていただきたく思う。金子を演じる菜葉菜の身体性、発声を動員して、大いなるリジェクション(拒絶)が披瀝されている。

獄中、このうってつけの舞台

 不逞ふていに生き、不逞に死ぬ。恩赦によって減刑され、無期懲役が言い渡された文書をビリビリに破り捨てる。「バカにするな」「早く死刑にしろ」――反省文を書いてくれれば悪いことにはならない、と懐柔する官吏に向かって「あたしは反省なんてしていない」と繰り返す。

 いっぽうで、移送された先の刑務所で女性看守たち(鳥居しのぶ、和田光沙みさ)とは少しずつ心理的な距離を縮めたり、未成年受刑者(咲耶さくや)とひそかにメンター=メンティーの関係性を結んだり、仏道婦人之会から派遣された教誨師(洞口依子)に対しては率直な思想的対話をつうじて理解を得たりする。日本女性でありながら反日帝闘争に参画した痛快さを強調する『金子文子と朴烈』のイ・ジュニクとは対照的に、浜野監督は帝国の男性官僚たちが体現する家父長制的な権力勾配に向けた闘争にフォーカスを合わせつつ、帝国下に生きる同時代女性たちとのシスターフッド的連帯を素描しているのだ。

 また、金子文子を演じる菜葉菜に対する監督の信頼をワンカットごとに実感できる。菜葉菜は『百合子、ダスヴィダーニヤ』(2011)で浜野佐知作品に初主演して以降、『BODY TROUBLE 男が女になるビョーキ?』(2015)、『雪子さんの足音』(2019)と、浜野作品の常連となっている。長年ピンク映画の監督をつとめてきた浜野にとって初の一般映画となった『第七官界彷徨 尾崎翠を探して』(1998)以来、浜野映画ファミリーの最も重要な存在であり続ける吉行和子の、精神的継承者として、今回の『金子文子 何が私をこうさせたか』がいわば禅譲の儀式としても機能しているところがある。吉行和子は文子の祖母を演じ、これが遺作となった(『あなたの息子ひき出します!』も2026年公開予定)。かつてピンク映画の現場にテレビドキュメンタリーの取材カメラが入り、「吉行さんがナレーターを務めます」と取材スタッフから聞いた浜野が「私、ピンク映画で怒鳴り散らしているところを吉行さんに見せちゃうのか」と狼狽えたところから始まった関係なのだという。2025年9月2日、永眠。私事だが、筆者は吉行和子のファンである。

 そんな筆者が菜葉菜という俳優の才能に気づいたのは遅きに失して、2016年の『64 ロクヨン』前後編における警察署詰めの記者クラブ員の迫力ある演技だった。それで同じく瀬々敬久監督『ヘヴンズ ストーリー』(2010)にも出演していたことを思い出すことになる。出世作となった『YUMENO ユメノ』(2004/鎌田義孝監督)は残念ながら未見であるが、じつはこの作品で菜葉菜と朴烈役の小林且弥は初共演している。

金子文子と教誨師・片山和里子(洞口依子)とのやりとり――

金子「あたしと朴烈は、主義においても性においても同志であり、協力者として一緒になったんです」

片山「男女の在り方として、日本女性には稀有の例だと思います。残念なのが、菅野スガや伊藤野枝といった人たちとちがって、あなたの言葉が一般の人の目に触れる機会がないということです」

金子「娑婆しゃばにいたら、真正面からの天皇制批判はできません。ところが獄中では、判事や裁判長を相手に思う存分、自分の考えを展開できる。最初から意図したことではありませんが、途中で気づいたんです。これは自分の思想を国家にぶつけて闘う、うってつけの舞台なのではないかと」

片山「その結果の大逆罪。死刑判決は受け入れると?」

 天皇制を頂点とする父権的社会構造を撃つ金子文子と、日本映画という桎梏しっこくで闘争を続けてきた浜野佐知は同一線上にいる。極端に言えばこれは擬似的・隠喩的自伝映画であり、したがって、その攻撃対象はなにも日本帝国の権力者たちに限らないのである。あえて年号で記して金子の大正末期と浜野の令和初期を無媒介的に接続する装置として『金子文子 何が私をこうさせたか』をしかるべき頭上に置き直すなら、その言葉の銃口は、たとえば筆者、長年にわたり性差も性役割も桎梏に苛まれずに生きながらえた筆者のような、決して差別主義者でもミソジニストでもないが、男権社会の庇護的環境のもと、無葛藤的に時間を空費してきた人間たちにも例外なく向けられている。

 金子文子は妥協することなく、1926年の夏、23歳の若さで獄中死した。いっぽう朴烈は1937年に思想転向して日帝に恭順の意を示し、第二次世界大戦後は釈放されて、こんどは反共主義に転向し、民団(在日本大韓民国民団)の初代団長に就任。韓国帰国後は朝鮮戦争下で北朝鮮軍に捕えられ、反共から容共にさらなる転向を強いられて、1970年代まで平壌ピョンヤンの中枢で生きながらえた。金子文子が自分の愛した人の度重なる変節と保身を知ったら、どのように嘆いただろうか。いや、ひょっとすると「やはりあなたは甘いよ」と喝破したかもしれない。

 金子文子と朴烈は別々の刑務所に収監されているはずが、囚人服を着た状態で錦江クムガン(少女時代の文子が育った忠清北道の河川)において再会し、立ち尽くして言葉を交わす終盤シーン。ここに筆者は、運命というロマン的な言葉では済ませることのできない厳粛な決意のありようを見る。この川はかつて和名を白村江はくすきのえと呼び、天智2年(663)の秋、百済と倭の連合軍vs新羅と唐の連合軍が河口付近で戦い、百済と倭は大敗を喫し、百済が滅亡。普段は美しい水面が真っ赤に染まったと言われている。

『金子文子 何が私をこうさせたか』

監督:浜野佐知
脚本:山﨑邦紀
撮影:髙間賢治(JSC)
音楽:吉岡しげ美
出演:菜 葉 菜 小林且弥 三浦誠己 洞口依子 白川和子/大方斐紗子 菅田俊 吉行和子
製作・配給:旦々舎
121分
© 旦々舎
・ニューヨーク国際映画賞/長編映画部門最優秀監督賞、最優秀主演女優賞
・Indo Dubai International Film Festival/最優秀外国長編映画賞、最優秀女性映画賞
⚫︎2026 年2 月28 日(土)よりユーロスペースほか全国順次公開

今月のThe Best

『南部の反逆者』

 

NHK-BSで録画したまま2、3年は放置していたラオール・ウォルシュ監督『南部の反逆者』(1957)をようやく見た。初見。IMDbのレーティングで6.5/10。ロッテントマト支持率は60%にとどまり、決して評価は高くない。しかし、この手の集合的評価というものがいかにいい加減であるかを、今回の『南部の反逆者』でまざまざと思い知らされた。これはラオール・ウォルシュの後期の傑作だと言っていいと思う。

南北戦争直前のアメリカ南部。プランテーション農園を舞台とした、ひとりの女性の数奇な一代記である。農園主スター家で貴族令嬢のように育てられた主人公アマンサ・スターを演じたのはイヴォンヌ・デ・カーロで、彼女はこの前年の『十戒』(1956/セシル・B・デミル監督)で主人公モーセ(チャールトン・ヘストン)の妻ツィポラを演じ、キャリアの頂点を極めたことを受けての主演である。

スター家の当主(ウィリアム・フォレスト)が急死したことをきっかけに、主人公アマンサが、若くして亡くなった正妻ではなく、黒人奴隷の女性とのあいだにできた子であることが判明し、アマンサはスター家を追われる。そこからの紆余曲折はいわば『風と共に去りぬ』(1939/ヴィクター・フレミング監督)の主人公スカーレット・オハラ(ヴィヴィアン・リー)の陰画ネガを見ているようである。奴隷に落ちぶれたのに気位だけは高いままのアマンサの身を丁重に引き受けるヘイミッシュ・ボンドという奴隷船の元船員を演じるのがクラーク・ゲーブルであることも、その点を強調してやまない。

主人公アマンサの好感度がどうにも低いことが、見ていて痛快である。反発しながらも徐々にヘイミッシュ・ボンドを愛し始めていた彼女が、近隣の農園主に誘惑されて襲われ、助けを呼ぶのだが、その結果として彼女を救った黒人執事のラウ・ルー(シドニー・ポワチエ)が白人社会から討伐される身になってしまったというのに、彼を庇うどころか、プライド高いまま、黒人の彼を見下し続ける。

この歪んだ人格描写や、屈折した人間関係は、ラオール・ウォルシュ後期作品によく見られる傾向であり、ハリウッド黎明期からの名匠も、キャリア晩年はすっかり赤狩り期フィフティーズの作家に変貌していたことがわかる。原作小説『天使の群(Band of Angels)』(1955刊)を書いたロバート・ペン・ウォーレンは南部を舞台にした大河小説の文豪で、『オール・ザ・キングスメン』(1949/ロバート・ロッセン監督、リメイク版2006/スティーヴン・ザイリアン監督)の原作者でもある。

そこで思い至るのだが(というか、かなり以前からうっすらと期していたことなのだけれど)、アメリカ南部からカリブ諸島、ブラジルまでの、奴隷制時代から今日に至る黒人映画史をざっくりと横断的に批評する本を書けないだろうか。これはだいぶ以前に、アテネ・フランセ文化センターのネウソン・ペレイラ・ドス・サントゥス特集で『乾いた人生』(1963)、『私が食べたフランス人』(1971)、『大邸宅と奴隷小屋』(2001)などを見た時から漠然と浮かんでいたアイデアである。英米文学者やラテンアメリカ文学者、あるいは文化人類学、映画史研究の学者たちとはまったく異なるポジショニングから、私なりの風向きで素描できるかもしれない。