上野昻志 新・黄昏映画館

6.アメリカから来た少女/やまぶき/ドリーム・ホース

①『アメリカから来た少女』(ロアン・フォンイー監督、台湾・2021年)

②『やまぶき』(山﨑樹一郎監督、日本・2022年)

③『ドリーム・ホース』(ユーロス・リン監督、イギリス・2020年)

 

上に挙げた三本の作品に共通するものは、なんでしょう?

『アメリカから来た少女』は、ロサンジェルスに住んでいた13歳の少女が、母が乳がんになったため、妹と3人で、SARSが蔓延しつつある台湾に帰ってきたものの、身なりや成績に厳しい台湾の学校に馴染めず、アメリカに帰りたいという思いを募らせる。そんな娘の気持をわかりながらも、母は、自身の病気に対する不安もあり、二人の思いは、ことごとに行き違う。それが、どこに行き着くか、陰影豊かな撮影のもとに繰り広げられる母娘の心情の劇が深く胸に残る。

この家庭の物語に対して、『やまぶき』は、岡山県真庭市を舞台にした群像劇だ。父親の会社が倒産して多額の借金を負い、韓国からこの地に流れてきて、いまは、ベトナム人労働者とともに山の採石場で働くチャンス。刑事の父親を持ちながらも、街の交差点でサイレントスタンディングをする高校生の山吹。日本人の母子と平和に暮らしていたチャンスが、落石による事故で怪我をしたことから、それぞれ関わりのなかった人たちの運命が交差していく。それを写し出す16ミリの画像から、現在の日本を覆う空気が浮かび出る。

『ドリーム・ホース』は、これらに対して、素直に楽しくなるハッピーな映画だ。イギリスのウェールズの谷間の村で、テレビの前に座りっぱなしの夫と二人暮らし、親の介護とパートで日々を送る以外「何もない」主婦が、馬主の経験のある男の話を耳にしたことから、牝馬の馬主になろうと決意する。といっても、馬を買い、育てるための資金などない。そこから、村の連中に、週10ポンドで馬主にならないかと働きかけ、牝馬を手に入れる。目的は、その馬に子を産ませ、競走馬にすることだ。欲しいのは競馬の儲けではなく、「胸の高鳴り」。なんと、見事に育った仔馬は、ドリームアライアンスと名付けられ、まずは、地方の競馬(日本と違い障害競走が主)で勝ち、途中、挫折はあるものの、見事、それを乗り越えて最高の舞台に立つ。見ていて嬉しくなるが、これが、実話だと知って、ますます驚く。

かいつまんで三作の大筋を辿ったところで、改めて、最初の質問に戻る。共通するのは、何か、と。このうち二作でも見ていれば、わかると思うが、そう、「馬」なのだ。『やまぶき』では、故意に触れなかったが、チャンスは、韓国で、乗馬競技の選手だった。そして、怪我で採石場をクビになった彼は、最後に、真庭市にある乗馬学校で働くようになって、自分を取り戻すことになるのだ。

では、『アメリカから来た少女』の場合は、どうか?  13歳の少女、ファンイーは、中国語が苦手で、クラスではアメリカ人と呼ばれ、話をするのは、幼い頃、近所にいた友だちだけ。そんななかで、アメリカでの楽しかった思い出が膨らむのだが、その一つに、馬に乗ったときのことがある。では、台湾にも馬はいるのか、と思って、ネットカフェで探すと、果たしていたのだ。

感動的なのは、彼女が、その馬に会いに行く場面である。何かと行き違う母と、決定的とも思われる諍いのあとで、ファンイーは、独りバスに乗って、目当ての場所に行く。と、暗い厩舎の中に、白い馬が立っていた。近づいた彼女は、そのたてがみを優しく撫でる。馬もそれに応えるように首をふる。ファンイーは、彼を引き出そうと思ったのか、その首に轡をはめようとするが、それには、馬は肯わない。諦めた彼女は、愛おしそうに何度も首を撫でるのだが、その時の、馬の穏やかな目が、なんとも言いがたい。

この映画で、馬が出てくるのは、このシーンだけなのだ。にもかかわらず、生まれ故郷とはいえ、育った文化環境とは大きく異なる地で、孤独を噛みしめる少女が馬と心を通わせるこの瞬間に、見ているこちらも胸が熱くなる。

 

しかし、何故、馬なのか? 『やまぶき』の場合は、チャンスが、もともと乗馬競技のヒーローだったという前提があり、それを諦めて日本に来た彼が、そこでの生活に挫折したあと、改めて馬に近づいていくというのが、よくわかる。いわば、ここでは、人間の側の事情に比重があるのだ。

むろん、『アメリカから来た少女』においても、孤独な少女が、かつての幸せな記憶にかかわるものとして、馬に救いを求めるという点では、変わりはないといえるかもしれない。だが、一瞬の輝きという点では、ファンイーと馬の出会いのほうが、チャンスと馬との交流より、はるかに勝っているのだ。それは、馬そのものを写し出すショットの強さによっているだろう。『やまぶき』では、それが弱いのだ。作り手の意図が、その点になかったからだと思う。

だが、何故、馬なのか、という問いは宙に吊られたままだ。何故、ほかの動物ではなく、馬なのか? ことを実生活のほうに下ろしてみると、猫や犬のほうが、はるかに身近な存在である。ペットとしてのそれらに、人間に対する以上の愛情を傾ける例があることは、よく知られていよう。それに較べて、馬は、決して身近な動物ではない。戦後間もなくの頃は、荷駄を運ぶ馬車に出会うことも少なくなかったし、道に落ちた馬糞を踏んで、しまった、などということもあった。けれど、いまでは、競馬場にでも行かなければ、馬を見る機会などない。その意味で、馬は、日常とは離れた、遠い存在なのだ。そして、まさに、その点に、憧れとしての馬があるのだ。

イギリスのウェールズの小さな村で暮らす主婦が、日々の生活にウンザリしていたところに、失敗した馬主の話を聞いて、にわかに馬に興味を持ち、馬を育てようと思い立ったのも、馬が、自分の日常と遠い存在だったからであろう。犬や猫といったペットを飼うことでは、到底、充たされることのない「胸の高鳴り」が、馬を育て、走らせることによってなら、実現できると思ったからだ。

実際、馬が走る姿ほど優美なものはない。それを存分に見せてくれるのが、ジョン・フォード監督の『香も高きケンタッキー』(1925)である。冒頭の、草原を走る何頭もの馬、時に戯れあい、時に佇む、その馬の群れを捉えたモノクロの画面の見事さに息を呑む。とにかく、ここでは、馬が主役なのだ。のみならず、名馬の仔として生まれ、馬主の娘の名前を頂いて、ヴァージニアズ・フューチャーと名付けられた牝馬が、物語の主格で、彼女を育て、競馬に出走させる人間たちは、「人間という動物」と呼ばれているのだ。そんな彼女の競馬における勝利と挫折、そして彼女の娘の誕生から成長についての有為転変については措くとしよう。

ただ、わたしとしては、ケンタッキーならず、英国で作られた『ドリーム・ホース』は、実話とはいえ、この『香も高きケンタッキー』の物語を模倣したのではないか、という思いを禁じ得ない。そんな馬鹿な、と思う人は、まず、『香も高きケンタッキー』を見て欲しい。

 

  • 『アメリカから来た少女』
  • 公開中
  • 監督・脚本:ロアン・フォンイー 製作総指揮:トム・リン 撮影:ヨルゴス・バルサミス
  • 出演:カリーナ・ラム、カイザー・チュアン、ケイトリン・ファン、オードリー・リン
  • 2021年/台湾/カラー/101分
  • 配給:A PEOPLE CINEMA
  • 公式ホームページ:https://apeople.world/amerika_shojo/
  • ©️Splash Pictures Inc., Media Asia Film Production Ltd., JVR Music International Ltd., G.H.Y. Culture & Media (Singapore).

 

 

  • 『やまぶき』
  • 公開中
  • 監督・脚本:山﨑樹一郎 音楽:オリヴィエ・ドゥパリ 編集協力:ヤン・ドゥデ アニメーション:セバスチャン・ローデンバック
  • 出演:カン・ユンス、祷キララ、川瀬陽太、和田光沙、三浦誠己、青木崇高、桜まゆみ、松浦祐也、黒住尚生
  • 2022年/日本・フランス/カラー/97分
  • 配給:boid/VOICE OF GHOST
  • 公式ホームページ:https://yamabuki-film.com
  • © 2022 FILM UNION MANIWA  SURVIVANCE

 

 

  • 『ドリーム・ホース』
  • 公開中
  • 監督:ユーロス・リン
  • 出演:トニ・コレット、ダミアン・ルイス
  • 2020年/イギリス/カラー/114分
  • 配給:ショウゲート
  • 公式ホームページ:http://cinerack.jp/dream/
  • © 2020 DREAM HORSE FILMS LIMITED AND CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION

近時偶感

「戦争が廊下の奥に立つてゐた」という、渡邊白泉が日中戦争のさなかの1939年に詠んだ句が、身に沁みる今日この頃。同時期、彼は、以下のような句も作っている。「銃後といふ不思議な町を丘で見た」、あるいは、「繃帯を巻かれ巨大な兵となる」。そのため彼、白泉は、40年に特高警察に拘引され、起訴猶予にはなったものの、執筆禁止を命ぜられる。というようなことを知ったのは、わたしが法政の大学院で非常勤講師をしていたときに、ゼミ生だった今泉康弘の労作『渡邊白泉の句と真実』(大風呂敷出版局、2021)によってである。改めて思うのは、わずか17文字の俳句さえ、当時の国家権力は見逃さなかったということだが、それは決して遠い過去の話ではない。