上野昻志 新・黄昏映画館

7.シャドウプレイ/夢の裏側

『シャドウプレイ』完全版(ロウ・イエ監督、中国・2018年)+そのメイキングフィルム『夢の裏側』(マー・インリー監督、中国・2019年 )

 

この映画、一度見ただけでわかった人、手を挙げて、と言ったら、どうだろう。自信を持って手を挙げる人が、どれくらいいるか? とはいえ、これは、深刻な哲学などが語られる難解な映画というわけではない。たたみかけるようなアクションあり、微妙な感情の縺れありの物語が、流れるようなリズムで語られるのだから、ボーッと見ていれば、快適な時間が過ごせるのだ。にもかかわらず、振り返って思い出したとき、すっきりと胸に落ちるという具合にいかない。そこで、もう一度見る。イヤ、見たくなる。何故か?

一つには、物語の時間が、自在に行き交うからだ。

たとえば、冒頭、画面いっぱいに拡がる霧に、広州市白雲区、北江の河畔 2006年という文字が浮かんだあと、木々の間から現れた一組の男女が、裸で絡み合ったかと思うと、何かを見つけて怯えたように逃げ出す姿が映る。

ついで、ドローンによる空撮が高速道路から、ビル街の一角に小さな家々が密集する街を捉えたかと思うと、グラウンドでサッカーをする少年たちが映り、彼らが走る姿を追っていくと、棒を持った若者たちが路地を駆け抜けて広場に到り、自警団とおぼしき連中と乱闘になる。と、それは、広州市天河区「都会の村」の騒乱で、時は、2013年4月14日18時40分なのだ。

2006年から、一挙に2013年に飛ぶ。このような時間の転換は、以後も続くのだが、ともあれ。

この乱闘が凄まじい。片方でブルドーザーが建物を壊しているかと思うと、その間を縫って、平服の男たちと防御服の一団とが殴り合い、火炎瓶が飛び、血だらけの男が倒れる……。そこにテレビのリポーターが現れて、解体区域の賠償問題の合意が成立しないうちに、開発を進める紫金不動産が取り壊しを始めたため、怒った住民による騒動が起きています云々と事態を説明する。

『夢の裏側』によると、この騒動は、2010年に実際に起こったことだという。ビルが林立するビジネス街の真ん中に、昔ながらの小さな家々が密集する洗村(シエンソン)という「都会の村」があり、その再開発を巡って起きたのだ。ロウ・イエ監督は、その事件から発想して、この映画を企画したという。彼は、ドキュメンタリーのように描きたいと、繰り返し語っているが、実際、この暴動シーンは、まさにいま、そこに立ち会っているかのような迫力がある。

映画は、テレビのリポーターが現れたあたりから、公安の特殊部隊が出動して騒動を押さえ込む一方で、開発を進める役所のタン主任がやってきて、住民を説得し、とりあえず事態は沈静する。

騒動が収まったのを確認したタン主任が、これも、いずれ解体されるのだろう、古くて暗いビルの階段を上がって屋上に行く。そんな主任を追って、秘書が懐中電灯を片手に上がっていく。主任の姿が見えないので、秘書が下を覗き見ると、落下して鉄棒に突き刺さった主任の身体が見える。

父親の代からの役人で、改革開放で順調に出世してきたタン主任が、2013年の開発現場で墜落死したところから物語は動き出す。

この事件を担当するのが、ヤンという若い刑事で、彼は、タンの妻であるリンと、その娘ヌオの存在を知ると同時に、タンの地位を利用して、この地の開発を一手に手がけるようになった紫金不動産の社長ジャンのこと、そして、タン、リン、ジャン三者の関係を知ることになる。その起点は、1989年にある。

1989年といえば、天安門事件のあった年だ。中国が改革開放に舵を切り、その自由をさらに推し進めようとした若者たちの運動が戦車で踏みにじられた事件は、中国本土では封印されている。むろん、この作品に登場する人間たちは、それと直接に関わりはない。だが、それを、さりげなくとも起点にしたところに、以後の30年に及ぶ中国社会の変貌を視野に収めようとしたロウ・イエの心意気が感じられる。

物語の鍵を握るのは、リン・ホイという女性だ。彼女は、大学在学中は有名なプレイガールで、ジャンと恋愛関係にあったが、ジャンが既婚者だったので別れて、タンと結婚したという話は、ヤンが車中で受けた同僚からの電話で聞かされるのだが、そこから、1989年のリンの誕生パーティに移る転換に不意を突かれる。

同僚からの声の流れを、不意に断ち切るように、女の嬌声がかぶる。と、そこは、パレスホールでのリンの誕生パーティの場で、ジャンが仕切っているのか。そこに若いタンの姿もある。と、暗い中でのセックスを想像させる一瞬のあと、1990年のタンとリンの結婚式の模様へと替わっていく。

現在から過去への一瞬の転換。引いて考えれば、それは、ヤン刑事の調べがベースにあるのだが、そこから過去が、その時の現在として描出されるので、こちらは目眩に似た感触を覚える。それは説明的なショットを廃して、一瞬の転換として示す編集によるのだが、逆から言えば、過去は過ぎ去った時間としてあるのではなく、現在を構成する一部としてあるという、この作品にかけるロウ・イエの想いを体現しているだろう。

不意打ちの転換という点で、もっと面食らったのは、ヤンが、ヌオのブログで、ヌオがジャンとその共同経営者であるアユンに挟まれて微笑んでいる写真を見つけたあと、ヌオに彼らとの関係を尋ねていたところで、いきなり男の顔を正面から撮ったカットになり、ついでお宅で喧嘩していると聞いたと問う警官の声になる転換だ。

替わったシーンの時制は示されないが、泣いているヌオがまだ小さいから1990年代なのだろう。そこから展開するのは、タンが、妻が精神を病んで自傷したので、病院に連れて行くと言い、実際に、顔を血だらけにして手足を縛られたリンを、病院へ運び、わたしは正常、おかしいのは、あなたたちと叫ぶリンを鉄格子の部屋に押し込めるのだ。

リンが精神に障害があるということは、もっとあとでも言われるが、本当かどうかはわからない。自傷というのも本当か? タンは彼女に度々暴力を振るっているからだ。そのような、微妙な陰影もまた、本作の魅力だろう。が、ともあれ。

このような唐突ともいえる転換に対して、2013年の現在から、そのままスライドするような、なだらかな時制の転換が行われるのは、ヤンが、2006年に失踪したアユンのことを調べるうちに、タンの秘書だったワンから、タンがビルから落下したとき、アユンによく似た女を見たと告げられ、リンがいた精神科リハビリセンターを訪ねるシーンだ。

ヤンがそこでの記録を見ると、リンは退院していて、その費用をアユンが支払ったことがわかる。と、一呼吸置いて、アユンが同じ窓口で金を払うカットに替わるのだ。表では、車の脇でジャンが葉巻を吸っている。戸口から、タンとアユンに支えられるようにしてリンが出てくる。近づいたジャンが、リンに向かって、戻ってきた、台北からと告げるのだ。ジャンを見詰めたリンは、彼の口から葉巻を取り、自分が咥える。その葉巻をタンが咥え、アユンに昔からの友だちだと言う。ついで、アユンが助手席に、後部座席にリンを真ん中にジャンとタンが座る。♪夜の景色にもたれて夢の中で幻をみた、という歌が流れるなか、リンは両脇の男の肩に腕をかける。高速道路を走る車に2000年の文字が浮かぶ。

台湾で貿易の事業が成功して富を得たジャンは、この年、故郷の広州に戻り、経済界から歓迎され、アユンを経営パートナーとして紫金不動産を立ち上げ、役所で権限を握るタン主任と開発を進め、2000年代の不動産バブルに乗って、ジャンもタンもリンも、我が世の春を謳歌するのだが、そこに棘のように刺さっているのが、2006年のアユンの失踪である。

ここで改めて冒頭で示された2006年という年時が意味深く思い出される。河畔でセックスに及んだ男女を脅かしたのが正体不明の焼死体であったこと。それを調べた刑事が、ヤンの父で、彼は焼死体のDNA鑑定を求めたものの受け入れられず、故意か偶然かわからぬ自動車事故で半身不随となっている。ヤンは、父の捜査を手伝ったアレックスから勧められて刑事になったのだが、それだけにアユン失踪事件の追求を続ける。それはまた、タンの墜落死の真相を探ることにもつながる。

だが、ヤンが真相に近づくにつれ、罠が仕掛けられ、リンとのセックススキャンダルがネットを騒がせ、詳しい情報を伝えるというタンの元秘書のワンに会いに行くと、彼は殺されていて、今度は殺人容疑者として追われ、アレックスが探偵事務所をやっている香港に逃れるが、そこでも香港警察に追われるというように、まさにアクション・ノワールらしい展開となるのだが、そこに点綴される、いずれも利害に絡んだタンとアユンの関係、アユンとジャンの関係、さらにはジャンとリンとタンの関係など、見所満載だが、それは見てのお楽しみ、としておこう。

このように目まぐるしく展開する本作だが、そこには、改革開放後の30年を通じて、富を得るための共同・共謀と裏切りがあり、幾多の死があるということが鮮烈に示されているのだ。

そのためか、本作の製作は、2016年にスタートして2017年に完成したものの、検閲が2年近くに及び、その間、監督の粘り強い交渉が続けられた結果、2019年4月4日にようやく公開となったものの、その一週間前にも、当局による修正命令があったという。

まさにロウ・イエ監督が述懐したように「検閲を通り、かつ作家性を保てるとしたら、基本的な人間性はすでに破壊されているだろう」(翻訳者の樋口裕子さんによる『夢の裏側』の解説からの引用)。

 

  • 『シャドウプレイ 【完全版】』
  • 公開中
  • 監督:ロウ・イエ(婁燁)
  • 出演:ジン・ボーラン(井柏然)、ソン・ジア(宋佳)、チン・ハオ(秦昊)、マー・スーチュン(馬思純)、チャン・ソンウェ ン(張頌文)、ミシェル・チェン(陳妍希)、エディソン・チャン(陳冠希)
  • 2018年/中国/129分
  • 配給・宣伝:アップリンク
  • 公式ホームページ:https://www.uplink.co.jp/shadowplay/index.html
  • ©DREAM FACTORY, Travis Wei 2022 FILM

 

 

  • 『夢の裏側』
  • 公開中
  • 監督:マー・インリー(馬英力)
  • 出演:ロウ・イエ(婁燁)、ジン・ボーラン(井柏然)、ソン・ジア(宋佳)、チン・ハオ(秦昊)、マー・スーチュン(馬思純)、 チャン・ソンウェン(張頌文)、ミシェル・チェン(陳妍希)、エディソン・チャン(陳冠希)
  • 2019年/中国/97分
  • 配給・宣伝:アップリンク
  • 公式ホームページ:https://www.uplink.co.jp/shadowplay/index.html
  • ©DREAM FACTORY Limited(Hong Kong).

近時偶感

最近はあまり見かけないが、往時、盛り場の片隅に「大人のおもちゃ」を売る店があった。手にとって見たことはないけれど(ホントか!?)、要は、男の妄想が生み出した性具といったものだ。そんなことをふと思い出したのは、丁寧に説明します、とだけ繰り返して、具体的には何も語らない男が、アメリカくんだりまで行って、トマホークなどを爆買いすると言って、大統領にアタマを撫でられている図を見たからだ。トマホークと言ったって、“インディアン”の武器じゃない。中距離巡航ミサイルだ。噂によれば、気張ったね、500発も買い込むというのだ。そりゃ、アメリカさんは喜ぶはず。軍需産業が潤うからね。だけど、トマホークは、射程こそ1600キロ以上あるといっても、時速は900キロしか出ない。中国にもある、マッハ20を超える弾道ミサイルからすれば、簡単に撃ち落とされてしまう。そんなもの買い込んで、どうするんだ。所詮は、大人のおもちゃに過ぎないのではないか。だが、おもちゃで満足しているだけならまだしも、それで、ちょいと遊んでみよう、なんてなったら、どうなるか……。